バヒドハリルホジッチ監督解任!なぜこのタイミング?理由や後任はだれ?

バヒド・ハリルホジッチ

6月14日開幕のロシアW杯を目前にして、

日本サッカー協会が日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督

電撃解任することが明らかになりました。

 

6月14日のW杯開幕まであと66日。

日本協会の技術委員会は、

9日にも日本協会は都内で常務理事会を開き、

その後に会見を開き、

ハリルホジッチ監督解任の正式発表がされる見通しです。

指揮官更迭で、6度目のW杯は新体制で臨む緊急事態となります。

 

ハリルホジッチ監督は2015年3月に日本代表監督に就任後、

日本を6大会連続のW杯本大会出場に導いています。

 

それなのになぜW杯開幕まであと66日と迫ったこのタイミングでの

解任となったのでしょうか?

その理由や後任はだれなのか?

調べてみましたのでご覧ください。

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バヒド・ハリルホジッチ監督プロフィール

バヒド・ハリルホジッチ監督

画像出典:https://twitter.com/

  • 名前:バヒド・ハリルホジッチ
  • 生年月日:1952年5月15日
  • 出身地:ボスニア・ヘルツェゴビナ
  • 国籍:フランス
  • 身長:182cm
  • 体重:80kg
  • 家族:夫人、1男1女
  • ポジション:FW
  • 代表通算:32試合、20得点 (国際Aマッチ15試合、8得点)
  • 選手経歴:
    • 1971-1981 ベレジュ・モスタル(ユーゴスラビア)
    • 1981-1986 ナント(フランス)
    • 1986-1987 パリサンジェルマン(フランス)
    • 1978-1985 ユーゴスラビア代表
  • 指導者経歴:
    • 1997-1998 ラジャ・カサブランカ(モロッコ)
    • 1998-2002 リール(フランス)
    • 2002-2003 レンヌ(フランス)
    • 2003-2005 パリサンジェルマン(フランス)
    • 2005-2006 トラブゾンスポル(トルコ)
    • 2008-2010 コートジボワール代表
    • 2010-2011 ディナモ・ザグレブ(クロアチア)
    • 2011-2014 アルジェリア代表
    • 2014 トラブゾンスポル(トルコ)
    • 2015- 日本代表
  • 主なタイトル:
    • 1978 U-21欧州選手権優秀選手、同得点王、ユーゴスラビア年間最優秀選手
    • 1982-1983 リーグアン得点王
    • 1984-1985 リーグアン得点王
    • 1997-1998 モロッコリーグ優勝、アフリカ・チャンピオンズ杯優勝
    • 1999-2000 フランス2部リーグ優勝
    • 2003-2004 フランス国内カップ戦優勝
    • 2010-2011 クロアチアリーグ優勝、国内カップ戦優勝
    • 2012-2013 アルジェリア最優秀コーチ
    • 2013-2014 アルジェリア最優秀コーチ

 

ハリルホジッチ監督は2015年3月に日本代表監督に就任。

昨年8月31日にはW杯アジア最終予選オーストラリア戦で

日本を6大会連続となるW杯出場権を獲得しています。

 

ハリルホジッチ監督の過去には

2010年にコートジボワール代表を率いたW杯南アフリカ大会で

開幕まで3カ月余りの時期に解任された経験があり、

今回の日本代表監督解任は、

ハリルホジッチ監督とっては2度目の悲劇となります。

 

バヒド・ハリルホジッチ監督解任はなぜこのタイミング?理由は?

2015年3月の就任から3年が経過したハリルホジッチ監督は、

その強烈なキャラクターと歯に衣着せぬ物言いで

チームを刺激し、激戦のアジア最終予選も首位突破するなど、

日本を6大会連続となるW杯出場へと導きました。

 

しかし、

W杯開幕まで3カ月を切ったが成績は振るわず、

ハリルホジッチ監督に対する求心力が極度に低下してしまいます。

 

W杯予備登録メンバー(35人)の選出前、

最後の活動となった3月に行われた国際親善試合も

目を覆うようなひどい内容となってしまいました。

 

仮想セネガルの格下マリには1-1の引き分けが精いっぱい。

ウクライナには1-2で完敗しています。

低調な内容で本大会への不安を露呈した形となりました。

W杯に出ないマリ、ウクライナの2チームに勝てず、

海外組を招集した編成では公式戦5戦勝ちなしといった惨敗。

 

アジア最終予選以降は国内組のみで臨んだ東アジアE-1選手権をのぞいて、

1勝2分け3敗と低迷しています。

この結果を受け、

目標と掲げるW杯での1次リーグ突破達成を不安視されています。

 

W杯を目前にしても攻撃は手つかずでチームは迷走状態。

マリ戦後には複数の選手が公然と、戦術に異を唱えるなどしています。

レスターのFW岡崎を招集しない選考基準にもチーム内から不満が噴出。

ハリルホジッチ監督

問題は内部で解決する。外部に対する発言は良くない

とかん口令を敷く方針を示したが、

多くの選手が報道陣に対して堂々と采配批判ととれる発言を繰り返しました。

この非常事態を受け、日本協会はスタッフを主力選手のもとへ派遣。

国際親善試合に同行していた団長の西野技術委員長が宿舎で選手や、

チーム関係者に入念な聞き取りを行いました。

そして、

3月末にチームの苦境を田嶋会長に報告。

ハリルホジッチ監督はベルギー遠征後も日本に戻らず欧州に滞在し、

W杯に向けた海外組の視察を続けていました。

 

田嶋会長も各方面に聞き取りを行った上で、

急きょ欧州に飛んだとみられます。

 

日本協会は、苦しんだW杯最終予選の終盤と2017年8月、

国内組で臨んだ2017年12月の東アジアE―1選手権で

ホームで宿敵・韓国に1―4で完敗した後にも

監督解任の可能性を探っていましたが、続投させる判断を下していました。

ですが、

細かい戦術のない縦一辺倒の攻撃に選手からは疑問が出ており、

視聴率低下など人気低迷によるスポンサー側の不満も重なり、

解任は不可避と判断したようです。

日本協会の西野技術委員長はベルギー遠征後に

もう猶予はない。各国が与えられた準備期間は等しいので、画期的に好転していくようなことを考える必要がある

と語っていました。

解任は、このタイミングがラストチャンスでした。

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バヒド・ハリルホジッチ監督の後任はだれ?

一番最初に名が上がるのが、

過去2度、緊急登板し日本を救った岡田武史さん。

しかし、残念ながら岡田さんはこの日、監督引退を明言し、

候補にはなり得なくなってしまいました。

そこで、急きょ名前が上がったのが、

チームと選手をよく知り、監督経験豊富な西野朗技術委員長

 

西野朗技術委員長は、

柏、G大阪などでJ1歴代最多通算270勝を誇り、

1996年アトランタ五輪ではブラジルを破る

マイアミの奇跡」を演出しました。

2016年3月から現職でチームに同行しており、

内情を把握していることも強みです。

 

西野朗技術委員長略歴

西野朗

画像出典:https://twitter.com/

1955年4月7日生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。

浦和西高、早大、日立でプレーされ、

攻撃的MFで日本代表として12試合1得点。

1990年に現役を引退します。

1996年のアトランタ五輪では監督として

28年ぶりに日本をW杯本大会に出場させます。

通称「マイアミの奇跡」。

1998~2001年柏、

2002~2011年G大阪、

2012年神戸、

2014~2015年名古屋と監督を歴任。

2016年3月に日本サッカー協会の技術委員長に就任しています。

 

まとめ

9日の本日、日本協会は都内で常務理事会を開き、

その後に緊急会見が開かれます。

果たして、日本代表監督はどうなるのか?

注目です!!

 

最後までご覧下さりありがとうございました。

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