大塚吉兵衛(日本大学)学長の経歴や学歴は?内田正人前監督との関係は?

アメリカンフットボールの悪質タックル問題で、

25日、日大の大塚吉兵衛学長が東京都内で記者会見し、

日本大学として初めて謝罪しました。

 

大塚学長は、今回の件に対しての日大の対応の遅れを認め、

「あってはならないような危険な行為。当該学生一人に記者会見をさせ、大学として追い込んでしまったことに責任を痛感している」

と関西学院大側や日大の一般学生に対しても謝罪の念を述べました。

 

そして、

大塚学長は

「選手は真摯(しんし)に自分で意見を話した。監督、コーチの話については、第三者委員会が調査する。両方についてのコメントは控える」

と述べています。

 

また、危険行為があった6日の試合から対応が大きく遅れたことには、

「グラウンド内のことと判断した。部と部でやりとりをしているということで、(内田氏らに)一任してしまった」

とのことです。

今回は一連の騒動のアメリカンフットボールチーム「フェニックス」をかかえる日本大学の学長である

大塚吉兵衛さんについて調べてみました。

 

記者会見の様子はこちらをご覧ください。

 

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大塚吉兵衛、日本大学学長の経歴や学歴は?

  • 名前:大塚吉兵衛(おおつか きちべえ)
  • 生年月日:1944年6月19日
  • 出身:栃木県
  • 研究分野:歯学、生化学
  • 研究機関:日本大学
  • 最終学歴:日本大学歯学部
  • 主な受賞歴:日本歯科医学会会長賞

 

1944年、栃木県出身の大塚学長は、

自身が務める日本大学の卒業生です。

1970年、歯科医師の免許を取得。

その3年後には、日本大学大学院歯学研究科を修了し、日本大学で歯学博士号を取得します。

日本大学で助手を務めたあと、

1974年 、 日本大学専任講師となり、

1979年 には、日本大学助教授に就任します。

1981年 トロント大学歯学部客員教授を経て、

1993年 に日本大学教授に就きます。

1999年  日本大学学務担当

2004年 4月、日本大学歯学部次長

同年10月、日本大学歯学部部長

2006年、日本大学副総長(2007年8月まで)

2009年 、日本大学副総長に再度就任。

2010年、日本大学総合科学研究所長。

2011年、第13代日本大学総長。

2013年より日本大学学長を務めています。

学歴、経歴ともに日本大学一色の方です。

 

内田正人前監督との関係は?

記者会見では大学としての対応が遅れた原因の一つとして、

常務理事でもある内田前監督と大塚学長の関係についても触れられました。

 

23日に行われた内田前監督と井上コーチの緊急記者会見は

学長の指示で行ったものではないとのことでした。

 

そして、記者からの

内田氏に指示できない関係にあるのか

との問いに

大塚学長は

そういうふうに書きたいですかね

と苦笑して否定しました。

 

そこで、日大の組織図をみると、

経営(運営陣)と学問(教授陣)にわかれていて、

経営のトップが理事長を務める田中英壽(たなか ひでとし)理事長。

学問のトップが大塚学長。

 

大塚学長は教授のトップであって日大の経営に関与せず、

ご存知の通り、内田前監督は日大の人事を担当する常務理事を務めていて、

田中理事長に次ぐ日大経営陣の実質No.2とも言われています。

 

そのため、

内田前監督を強制的に指示に従わせることはできない関係のように見受けられます。

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なぜ大塚学長が記者会見?

では、なぜ大塚学長が記者会見を行ったのでしょうか?

これにはいろいろな憶測が飛んでいますが、

一番濃厚なのが、この大塚学長の記者会見は、

田中理事長の指示で行われたというものです。

この会見で収拾がつかない場合には、

学長辞任で幕引きといったシナリオさえ考えられます。

ここでもトカゲの尻尾切りのように思えてならないのですが、

これは、あくまで憶測の域を出ていませんが、いかが思われますでしょうか?

 

まとめ

今回の一連の騒動の火消し役?として行われた大塚学長の記者会見。

ですが、納得の得られる内容ではなかったというのが大半の意見のようです。

多くの被害者を生み出してしまった今回の騒動はいつになったらおさまるのでしょうか?

今後の様子を見守りたいと思います。

 

 

最後までご覧下さりありがとうございました。

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