武藤貴宏(我武者羅應援團團長)のプロフィール!本気の応援がすごい!

武藤貴宏

我武者羅應援團(がむしゃらおうえんだん)の武藤貴宏団長の嘘偽りのなく赤裸々に自分をさらけ出し、

頑張る人にエールを贈る魂の叫びとも言える本気の応援で

人生観が変わった人は少なくないのではないでしょうか!

 

いまこの瞬間を我武者羅に全力で生きる大切さを教えてくれる武藤団長の姿に

目頭が熱くなり、勇気付けられ、涙とパワーが溢れ

人生を大きく変えている人がたくさんいます。

 

これほどまでに多くの人の心に響く応援をする武藤団長って一体何者なんだ!

とっても気になってしまい我武者羅應援團の武藤貴宏団長について調べてみました。

 

スポンサーリンク

 

武藤貴宏のプロフィール

  • 名前:武藤貴宏(むとう たかひろ)
  • 出身地:東京
  • 最終学歴:ネバダ大学ラスベガス校
  • 所属:我武者羅應援團

 

武藤団長についてのプライベートな情報はかなり少ないのですが、

武藤団長を知るには外面ではなく、内面を知るのが一番!

それには『人生の醍醐味』を観ると武藤団長ってどんな人かわかります。

 

これは、長野県上田市の専門学校の学生たちを応援したときのもの。

武藤団長は、自分の体験談を赤裸々に語り、大切なものを学生たちに伝えています。

 

武藤団長は

「怖かったけど一歩踏み出した過去の自分が、いまの自分を支えている。 正直いまも怖いけど、お互いに一歩踏み出そう」

と魂の叫びで学生たちにエールを贈っています。

 

目の前のことに全力でぶち当たることを避けていないか?

言い訳をしながら力をセーブして生きてしまってはいないか?

そんな生き方が自分の感情を殺してしまっていないか?

 

武藤団長のむき出しのメッセージが学生たちの心に突き刺さります。

 

まだ『人生の醍醐味』をご覧になられていない方はぜひ一度ご覧になってください!

きっとあなたの心にも響くはずです。

我武者羅應援團結成のきっかけは?

超小心者でビビリ屋だという武藤団長。

人生の醍醐味』の中でも語られていますが、

高校に入学したばかりのときに憧れて入部した37年という歴史ある母校の応援団。

意気揚々と応援団の扉をたたいたまでは良かったのですが、

扉を開けた瞬間それまでの気持ちが嘘のように吹っ飛びます。

 

そこにいたのは、気合たっぷり入ったかなり怖そうな先輩方。

しかも、新入生の部員は武藤団長ただ一人。

不安だけがよぎります。

 

案の定、2週間仮入部したもののおじけづいてしまい、

本入部を果たすことなく応援団から逃げ出してしまいます。

 

それがトラウマになって逃げグセがつき、何をするのも怖くなってしまったという武藤団長。

それからというもの逃亡生活ともいえるような学生時代を過ごすはめに・・・

 

そして、さらなる追い打ちが・・・

 

武藤団長が応援団を逃げ出したことで、

歴史ある応援団の部員が途絶え廃部へと追い込まれます。

そのことが、大きな自責の念として武藤団長の心に重くのしかかります。

 

 

そんな逃げ出してばかりの自分を変えたくて

なぜかアメリカに行けば嫌いだった自分を変えられると

とんでもない発想に結びつきます。

 

アメリカの大学を卒業して帰ってきたら、

みんなから凄いと認めてもらえる。

そんなことを思って高校卒業後、

周囲の反対を押し切り、自分を追い込むために片道切符だけを片手に

単身アメリカへ飛び立ちます。

 

ですが、アメリカでの生活は、

武藤団長が思い描いていたバラ色の生活とは程遠くかけ離れたもの

 

それどころか、

日本を出発した飛行機の中で孤独感にさいなみ怖さのあまり

留学という選択をしてしまったことを初日から後悔して号泣してしまいます。

 

アメリカに着いてからも

大学の授業では、ついていくどころか

先生が何を言っているのかわからない

言葉がわからず宿題がどこなのかすらわからない

だから、授業前に授業の範囲と

授業後に宿題がどこか先生に聞くあり様。

 

昼ごはんを食べるときには、

言葉の通じない自分を受け入れてくれる仲間を必死になって探します。

和に入れてもらえないんじゃないかと

食べる席を探すことすら怖くて怖くて仕方なかったといいます。

 

ですが、高校時代に逃げ出してしまった後悔から

同じ思いだけはしないと

泣きながら、必死にがむしゃらに喰らいつきました。

 

 

なんとか大学を卒業し帰国します。

日本に戻ってから思い出すことといえば、

英語が話せるようになったこととか

面白かったことや楽しかったこと

そんなことじゃなくて

泣きながら、必死になって、がむしゃらに

喰らいついて負けなかったこと

 

大人になったいまでもビビって躊躇してしまうときに踏み出す勇気をくれるのは、

あのとき踏み出した一歩、あのときの気持ちだといいます。

 

 

その同じ気持を子供たちにも経験してもらいたいと

帰国後はアウトドアのインストラクターを務めます。

 

これは、不登校の子供たちに登山やロッククライミングなど

彼らができないと思うことにチャレンジさせ、達成させることによって、

自分自身を肯定し、自信を取り戻してもらおうというもの。

 

武藤団長は子供たちをサポートする中で、

はじめは怖がり泣き出しそうになりながらも

一歩を踏み出した彼らが必死に目の前の山に喰らいつく姿を目の当たりにして、

涙がこみ上げ、

逆に自分は本気でこの子たちのように生きていると言えるのだろうか?

と疑問が湧いてきます。

 

怖いものから逃げ出さず、がむしゃらに喰らいついてきただろうか?と

そんなとき、登る前に逃げてしまった『応援団』という人生の山があったことを思い出します。

 

高校のとき、憧れて入った応援団。

ですが、本入部を果たすことなく2週間で逃げ出してしまった応援団。

それを悔やみ、大人になってからもずっと引きずっていました。

 

「なんであのとき続けなかったんだろう」

「生まれ変わったら絶対に応援団をやる」

などと目をそむけていました。

 

子供たちの必死な姿を目の当たりにし、

「もうこれ以上、命の火をくすぶらせて生きていたくない。誰が何と言おうと、おれはやる。逃げ出した自分にリベンジするんだ。もう自分に遠慮しない。今からこの命、ガムシャラに燃やす」

と、本気で生きることを決意します。

 

それが、我武者羅應援團結成の2007年2月22日に繋がります。

スポンサーリンク

 

誰のためでもない自分のために

武藤団長は、応援は誰かのためにしているようであって、

自分の想いにずっと蓋をしてきた自分のためにしているといいます。

 

自分のためにどれだけ一所懸命になれるか、それが人を動かす力になる。と

 

我武者羅應援團の名前の由来も自分自身を鼓舞するため

我武者羅應援團は、がむしゃらな人間の集まりではなくて、

がむしゃらになりたい人間の集まりなのだと。

 

これを名乗り、この姿をして、エネルギッシュじゃなかったり

中途半端なぬるいことやったりしていたら、この名に対して恥ずかしい。

我武者羅應援團という名前自体が、生き方を支え、応援してくれるものになっていると。

自分たちが本気で熱くなっている姿を見ていただき、

そこから何かを感じてもらえたら、それが一番の応援になるんじゃないか、と。

 

 

生命を燃やした本気の応援がやっぱりすごい!

すでに武藤団長の本気の応援を観てもらっていますが、

武藤団長の歩んできた人生の醍醐味には続編があります。

後悔も含めてすべてを味わうというもの

 

誰しもが後悔はしたくないもの。

ですが、後悔は大切なものだと武藤団長は言います。

経験したとてつもない後悔や悔しさは、

その後の決断で怖くて勇気がでないときや

躊躇したときに自分の背中を押してくれるものだと

 

また、後悔や悔しさは嬉しいとか悲しいとかと一緒で

それを人として感じられること自体が一番の幸せじゃないかと

その後悔すらを味わってしまおうと

 

がむしゃらに生命を限りなく燃やす応援に

こちらもがむしゃらに生きなきゃと誓わずにはいられない

そんな武藤団長の魂の叫びは、やっぱりすごすぎる!

 

 

我武者羅應援團の武藤團長に本気の応援をされたい

がむしゃらに生きたい!という方はぜひこちらをご覧ください。

我武者羅應援團公式サイト

 

 

最後までご覧下さりありがとうございました。

スポンサーリンク