吉川真司(S級日本テニス協会エリートコーチ)のプロフィール!大阪なおみの才能を見抜いた男

大阪なおみ コーチ陣

「二重国籍の大坂なおみが日本登録で出場する理由」と題し

日刊スポーツが吉川真司(よしかわまさし)さんについて報じました。

 

全米、全豪オープンと4大大会のうち2大大会を制覇し、

日本人として快挙を成し遂げた大阪なおみ選手。

ツイッターのトレンドワードでも1位になるなど

世界中が大阪なおみフィーバーに沸きました。

 

大坂なおみ選手は北海道出身の母・環さんと

ハイチ出身の父フランソワさんとの間に大阪で生まれ、

3歳で米国に移住。

日本の記憶はおぼろげといいます。

アメリカ、フロリダ在住で言葉も日本語よりも英語の方が流暢。

現在、日米の二重国籍を有しています。

 

そんな彼女がなぜ日本登録で出場するのか?

その理由には、大坂なおみ選手の才能を早くから見出し、

支え続けたある人の存在があったといいます。

 

その存在というのが吉川真司さん。

フェド杯代表コーチとして大坂なおみ選手が15歳の時から

サポートし続けています。

 

スポンサーリンク

 

吉川真司のプロフィール

吉川真司

画像出典:http://blog.livedoor.jp/

  • 名前:吉川真司(よしかわ まさし)
  • 生年月日:1978年1月31日
  • 出身地:京都府京都市
  • 身長/体重:173cm/64kg
  • 血液型:A型
  • 趣味:プロ野球解説
  • 出身校:札幌藻岩高校
  • 最終学歴:亜細亜大卒
  • ホームコート:味の素ナショナルトレーニングセンター
  • 所属:日本テニス協会強化本部ナショナルチーム女子コーチ、協会公認S級エリートコーチ

 

吉川真司(よしかわ・まさし)1978年(昭53)1月31日、京都市生まれ。父の影響で12歳でテニスを始める。亜大時代の00年全日本学生シングルスでベスト4。卒業後、実業団でプレー。07年に引退しコーチに転向し、12年から日本テニス協会の女子ナショナルコーチに就任した。協会公認S級エリートコーチ。

引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/

 

 

日本テニス協会公認S級エリートコーチとは

日本テニス協会が推進するナショナルトレーニングセンター(NTC)活動やナショナルチーム活動、あるいはプロツアーコーチ活動などで、テニスのトレーニング、コーチング、マネジメントの各分野において最新の科学理論と実践知識に基づき、世界で活躍する選手を指導するエリートコーチ

引用元:http://www.tennis.or.jp/

 

S級エリートコーチの役割

 日本のテニス競技の発展および振興に寄与する。

日本のテニス競技の普及、育成、強化に寄与する。

レベルや年齢を問わず、全ての人に適切な指導を行う。

優秀な指導者の育成に寄与する。

トレーニングセンター活動に寄与する。

引用元:https://www.jta-tennis.or.jp/

 

受講資格

(1)(公財)日本テニス協会、(公社)日本プロテニス協会、(公社)日本テニス事業協会のいずれかの団体の推薦を受けた者

(2)日常英会話程度の語学力のある者

(3)当該年度の4月1日現在で、満28歳以上の者

(4)全国大会レベルの選手に対する指導歴を有する者

(5)(公財)日本体育協会公認テニス上級コーチの有資格者

(6)過去にデビスカップあるいはフェドカップ代表選手に選出された者

(7)過去にナショナルチーム代表選手に選出された者

(8)日本テニス協会強化本部および普及本部より推薦された者

引用元:https://www.jta-tennis.or.jp/

 

スポンサーリンク

 

大坂なおみとの出会い

2012年から日本テニス協会の女子ナショナルコーチに就任した吉川さん

フェド杯代表コーチとして日本の女子テニス界を牽引。

東レ・パンパシフィック・オープンの予選に出ていた大坂なおみ選手を初めて見たのが2013年。

吉川さんは、当時まだ無名だった大坂なおみ選手をこう表現しています。

「あの時の衝撃は忘れられない。パワー、体のしなやかさ、ゲーム性、世界でも見たことのない選手だった」

 

大坂なおみ選手の才能をいち早く見抜いた吉川さん。

それ以来、吉川さんはナショナルトレーニングセンターの利用など環境面で

大阪なおみ選手のサポートを続け、4大大会にも同行します。

 

(大阪なおみ選手が)日本に来たときは、味の素NTCで練習できるように取りはからうなど、地道な支援を続けてきた。吉川氏も代表コーチとして大会に派遣され、大坂が出場していれば必ずコンタクトを取り続けた。 大坂は米国テニス協会のジュニア大会に多く出場しているが、目立った成績は残していない。米国では完全に埋もれた存在だった。大坂一家は米国協会に支援を申し込んだが、大して取り合ってもらえなかったという。しかし大坂が16年全豪で予選を勝ち上がり本戦で3回戦に進むと、米国協会は強烈なアプローチを仕掛けてきた。 日米争奪戦の勃発だった。米国は女子代表監督が自ら乗り出し、多額の支援を約束したと伝えられる。だが大坂の父フランソワさんは、無名の時から娘を支援し続けた日本の恩義を尊重したという。だからこそ、いまでも大坂は日本で登録し続けるのだ。 吉川氏は「僕は代表コーチとして手助けしただけ。コーチはバイン氏」と遠慮する。確かに、あくまで大坂の専属コーチはバイン氏だ。彼の手腕が卓越した大坂の才能を開花させたことは間違いない。母環(たまき)さんが、日本の文化や料理を娘に伝え続けなければ、大坂自身が「私のメンタリティーは日本人に近い」と認識することもなかっただろう。ただ、吉川氏がいなければ、大坂が「日本人」として4大大会の優勝杯を掲げることがなかったのも事実だろう。

引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/

 

大坂なおみ選手は、試合後の優勝インタビューで涙を浮かべながら、

チームなおみのメンバーが集まった観客席を見つめ、感謝の気持ちを表しました。

「あなたたちがいなければ乗り切れなかった。本当に感謝してます」(3:00あたり)

 

 

 

 

最後までご覧下さりありがとうございました。

スポンサーリンク