稲田朋美元防衛相のプロフィール。家族、子供(息子・娘)の学歴は?

稲田朋美

防衛省が存在しないと説明していた

陸上自衛隊のイラク派遣時の日報が見つかり、

大きな話題となっています。

 

この問題で、安倍政権は、

あくまで防衛省内の問題と強調していて、

政権への打撃を抑えようと試みています。

 

ですが、公文書や情報の管理を巡る不祥事は、

防衛省だけでなく財務省、文部科学省、厚生労働省、

内閣府などで多発する異常事態に発展しています。

 

新たに確認されたのは、

陸自国際活動教育隊で保管されていた

南スーダン、ゴラン高原、ハイチでの

PKO活動など計6種の日報だそうです。

 

陸自国際活動教育隊が管理する

複数のハードディスクから見つかったとのこと。

 

今回は、当時防衛大臣を務め、

南スーダンPKO日報隠蔽問題の責任により辞任した

稲田朋美さんについて調べてみました。

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稲田朋美元防衛相のプロフィール

  • 名前:稲田朋美(いなだ ともみ)
  • 生年月日:1959年2月20日
  • 出生地:福井県今立町(現・越前市)
  • 出身校:早稲田大学法学部卒業
  • 所属政党:自由民主党(細田派)
  • 称号:法学士(早稲田大学・1981年)、弁護士 、税理士 

 

1959年2月20日、福井県今立郡今立町

現在の越前市に生を受けた稲田朋美さん

1981年3月、早稲田大学法学部を卒業しています。

早稲田大学では、法学士を取得しています。

稲田朋美さんは、早稲田大学法学部在学中に、

司法試験を受けようと考えたそうです。

理由は、当時は男女雇用機会均等法も無く

女性の就職先がほとんど無かったためとのことです。

 

稲田朋美さんは、弁護士になるために、

1日約16時間も勉強されたそうです。

16時間って・・・

1日の大半を勉強に費やしていたわけですね。

やはり司法試験って最難関の国家資格だけのことはありますね!

 

そして、1983年見事司法試験に合格。

弁護士になると5年間法律事務所の雇われ弁護士として務めますが、

子供ができたのを機に辞めてしまいます。

 

当時は出産イコール、退職が当たり前だったのでしょうか?!

相当な努力をされたのに苦渋の決断だったのかもしれませんね。

 

家庭に入った稲田朋美さん

その頃、旦那さんが「産経新聞」と「正論」を読んでいたので

その影響を受け稲田朋美さんも読むようになったそうです。

そして、日本の教育に疑いを持つようになります。

 

その後、弁護士の高池勝彦さんのから電話で

「南京事件についていっしょに裁判をやらないか」と声をかけられます。

この裁判がきっかけで、

稲田朋美さんは政治家への道へと進んでいくことになります。

 

現在の毎日新聞、当時の東京日日新聞が戦意高揚で書いた

南京事件の際の「百人斬り競争」の嘘の記事が唯一の証拠となり、

戦後の南京の軍事裁判のBC級戦犯として、

百人斬りの競争をしたとして書かれてしまった

野田毅少尉と向井敏明少尉の2人が処刑されてしまいます。

 

稲田朋美さんは、

まったく嘘のことが、日本の名誉を傷つけるようなことが教科書でも教えられているし、本当のこととして流布されているという現状を私は日本人として放置できないと思ったんです

と述べています。

 

最終弁論の日、稲田朋美さんは向井少尉の次女の向井千恵子さんに出会い、

女性ひとりで戦っている姿を見て感銘を受けます。

 

これがきっかけで野田少尉と向井少尉の遺族が

稲田朋美さんの協力を得て

毎日新聞、朝日新聞などを相手取り、

名誉毀損の裁判を起こすことになります。

 

稲田朋美さんは、

私は政治には全然興味がなかったんですけど、嘘のことで日本の名誉が毀損されているという状況を何とかしたいと思ったんですね

と述べています。

 

また、稲田朋美さんは、郵政解散時期に自民党本部で

「百人斬り競争」はでっち上げであるという内容の講演をし、

これを聴講していた安倍晋三さんの幹事長代理の目に留まり、

政治家にスカウトされることになります。

 

そして、2005年9月、衆議院議員総選挙福井1区から出馬し、

見事、初当選します。

2016年に 第3次安倍第2次改造内閣の閣僚人事で、防衛大臣に就任。

今話題になっている南スーダンPKO日報隠蔽問題の責任を取り辞任します。

2017年、衆議院議員総選挙で5期目の当選を果たされています。

 

稲田朋美元防衛相の家族は?

稲田朋美さんのお父さんは

椿原泰夫(つばきはら やすお)さん。

日本の福井県生まれの教育者、政治運動家として知られています。

保守の立場に立った政治勢力の結集を見据え、

機動的な国民運動を展開するための団体。

国民運動体「頑張れ日本!全国行動委員会」の京都本部代表、

福井県支部相談役のほか、

京都讀書會主宰機関紙『無窮』の編集・発行を務めました。

政治運動家の椿原さん。

娘の稲田朋美さんが政治家になることを喜んだと思いきや、

子供の面倒は誰がみるんだと反対したんだとか。

 

また、稲田朋美さんもお父さんの信念には理解を示していたそうですが、

街宣は国会前ではやらないでほしいと迷惑していたようです。

 

椿原さんは、晩年まで精力的に政治運動をされていましたが、

2016年10月に84歳でお亡くなりになられています。

 

稲田朋美さんのお母さんは、

稲田朋美さんが28歳のときに亡くなられています。

その後、お父さんの椿原さんは直子さんという方と再婚されています。

こちらが直子さん。

2016年10月に亡くなられた椿原さんに代わって

「頑張れ日本!全国行動委員会」でご挨拶をされています。

 

ちなみに、稲田朋美さんは一人っ子。

ご兄弟はいません。

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稲田朋美元防衛相の子供(息子・娘)の学歴は?

稲田朋美さんには、2人の子供がいます。

有名なのは娘さん。

 

過去にはテレビにも出演したことがあり、

その美貌にも注目が集まったようです。

稲田朋美さんとは、また違うタイプですが、確かに美人ですね。

そんな娘さんの出身大学についてですが、

慶應大学や早稲田大学という噂もありましたが、

どうやら1番有力な噂だと東京大学のようです。

しかも、東大の大学院にまで在籍していたという噂まであります。

 


噂止まりの情報ではありますが、優秀なことには変わりなさそうですね。

 

そして、稲田朋美さんの息子に関する情報ですが、

娘さんとは違いほとんど情報が見つかりませんでした。

また、噂にあがっているものをピックアップしていきます。

高校は開成高校を卒業している。

都内の有名私立大学に通っていた。

大学は両親と同じ早稲田大学?など

また、 息子さんは、小さいころから空手をされていたそうで、

子供のころには全国大会にでるほどの実力の持ち主なんだそうです。

学歴は、開成高校から東大に進学、

大学は空手部に入っていたとの噂まであります。

 

これほど情報が出てこないのは、

稲田朋美さんが防衛大臣の時の発言が問題になっているのかもしれません。

 

自衛隊の海外派遣の是非をめぐる問題で、

これが、稲田朋美さんは、他人の子の血は流させても、

自分の子の血は流させないと世間に受け止められてしまいます。

 

稲田朋美さんは、政治家であり母親であるという

二面性を持っているのは当然で、心の内は理解できますが、

問題はそれを公に発言してしまったことにありそうです・・・

 

それだけ注目を浴びてしまいましたので、

息子さんへのとばっちりといった批判を避けているのかもしれません。

 

息子さんはまったく関係ありませんから、

意味のない中傷などの批判はしないでほしいものです。

 

 

まとめ

稲田朋美さんは、初めから政治家を目指していたわけではありませんが、

そのきっかけは稲田朋美さんの熱い正義感や

女性が戦う姿に感銘を受けたかことから。

 

女性がもっと活躍できる日本にしていってほしいですね。

日本初の女性首相誕生もありえるかもしれません。

 

 

最後までご覧下さりありがとうございました。

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